2018年01月12日

自分が痩せていたころを思い出す

私は高校を卒業したころは痩せていた。ところが大学生になり1年間で6キログラム増えた。自分では太ったと感じていなかったのでびっくりした。それでもまだ BMI では標準だったのだ。今はもっと体重が増えている。BMI も標準を超えていて、腹囲も 85 センチメートルを超えている。オヤジになってしまったなあ。
posted by まりんきょ at 23:00| Comment(0) | ダイエット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月11日

筒井康隆の文庫本を見る

近くの本屋で、筒井康隆の「残像に口紅を」の文庫本があった。なぜだろうと思っていたら別の本屋でも見かけた。誰か有名人が紹介したのだろうか。買いたかったが、まだ家には読んでいない本がたくさんある。我慢した。
私が「残像に口紅を」を読んだのはもう20年以上前だろうか。千葉に住んでいたとき、近くの図書館で借りて読んだ覚えがある。そろそろ、まだ読んでいない筒井康隆の作品を読んでもいいころなのかもしれない。
posted by まりんきょ at 23:00| Comment(0) | 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月10日

成人式を思い出す

もう何十年も前のことになるが、自分が成人式に出たときのことを思い出した。
当時は相模原市に住んでいた。成人式の案内が来た時に「華美な服装でのお越しはお控えください」という趣旨の文面があった。実際行ってみると、男性はほとんど洋服だったが、女性は和服も洋服もあった。「華美な服装の女性もいるのだな」と思いながら会館ホールの席に座った。式が始まると、新成人の代表の何人かが舞台に現れた。そのうち、女性はみな和服だった。それを見て中年の司会者が「きれいなお召し物ですね」と感嘆していた。
私はそのことばを聞きのがさなった。結局、華美な服装は控えろといっても実際に着て来る人には華美な服装にあったことばをかけるものだということがわかった。私にとっての成人式は、成人とはことばの表と裏が使い分けられる人のことだ、ということを知った式だった。
posted by まりんきょ at 22:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月09日

機関車のヘッドライトを見て考える

年を取ると、最近のことは忘れるのに幼い時のことは忘れない、ということが言われる。これから書くこともそんなことだ。
昔の小学生向けの学習雑誌に、自動車のヘッドライトは低い位置にあるのに電車のヘッドライトは高い位置にあるのはなぜか、という記事があった。自動車のは目の前の障害物を見るために低い位置にあって、電車のは遠くまで見渡せるように高いところにある、という解説があった。当時の国鉄の国電に代表される「平たい顔」の電車(正しくは国鉄103系電車)のヘッドライトは高いところにあった。その後の 203 系では下部(運転手の位置より下)に移り、上でも下でもどちらでもよいことがわかった。それにしてもこの年になってなぜこんなことを気にしているのだろうか。
posted by まりんきょ at 22:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月08日

本の処分に困る

本を買ったのはいいが、今まで買った本の処分に困っている。楽譜についてもしかりだ。どこからどこまでを消化すれば処分できるのことになるのだろう、答は出てこない。
楽譜だったら、2、3ページぐらいなら暗譜できた。今はそんなことすらできない。
書籍だったら、2、3ページぐらい暗唱できるようになっていないんといけないのだろうか。そんなことはとてもできないし、したことがない。
高校生のころ、3分間スピーチというのがあって、ホームループの時間毎日誰かが3分間スピーチを行っていた。わたしは3分間スピーチを持たせられる自信がなかったから、詩を暗唱した。「椰子の実」と「レモン哀歌」だった。今の私だったら、「椰子の実」はともかく、「レモン哀歌」なんて覚えようともしなかっただろう。しかし、このころは楽しくない高校時代だったにもかかわらず、なにか変なことをしてやろうと思って高村光太郎の妙にセンチメンタルな詩に浸っていたのだった。
話はそれたが、とにかく困っている。

posted by まりんきょ at 17:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月07日

練習に遅刻する

朝9時から某所にてオーケストラの練習があったのだが、遅刻してしまった。やはりみんなの目が冷たい。遅刻はしないようにしよう。
帰りは回転寿司で10皿食う。また太ってしまうなあ。
posted by まりんきょ at 18:21| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月06日

意を決して本を買う

意を決して、後藤明生の本を買った。国書刊行会から5巻刊行されている「後藤明生コレクション1」である。
ラベル:後藤明生
posted by まりんきょ at 23:00| Comment(0) | 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月05日

特集 加藤一二三 のユリイカを買う

本屋に行って本を何冊か買ってしまった。その一つがユリイカ2017年7月号、特集「加藤一二三」だ。実際に加藤一二三自身の将棋講座をはじめ、棋士へのインタビュー、識者の論考が載っている。さて、加藤一二三による将棋講座では最後に自身が得た名人戦第十局の解説をしているのだが、どうも指し手がおかしいようだ。じぶんなりに解釈しながら、p.166 第2段以降を読んでいく。ここで、[]内は私による補足または訂正、打消し線は原文にあるが私が誤りと解釈して消した部分である。

☗3一銀と打って私は勝ったのですが(図4)、残り一分の最初の読みは☗3一銀から(☖3三玉に対しては)☗2五[桂]と跳ねると読んだんです。そうすると、積まないので、負けたと思いました。しかし、☗3一銀のあとに歩を取れば[☖3三玉と逃げれば]☗3二金で詰みます。(後略)

後略の部分では<直感の手は☗2五桂だったんです。>とあるので、☗2五歩は単なるミスだろう。しかし、「☖3三玉と逃げれば」ではなく「歩を取れば」となってしまった意味はわからない。盤面をかかげるべきなのだろうがそこは割愛して、☗3一銀に対する☖3三玉のあと☗2五桂では詰まない理由は、この王手に対しては☖4三玉と逃げられ、やむをえない☗4二金にさらに☖5四玉と上がられ、☗5二飛成に☖4五玉と上部に脱出されるからだ。これはもとをたどると☗2五桂と跳ねた手が悪手であるからだ。その代わりに☗3二金とすれば、☖3二同玉なら☗5二飛成で、☖2四玉なら☗2五歩以下、そして☖4三玉と逃げられた場合は☗4二銀成とし、やむをえない☖5四玉に☗5二飛成とすれば、先手の3七桂の効きが残っているので☖4五玉とはできず、☖5三(角|金|銀) に☗5五金までの詰みとなる。

posted by まりんきょ at 22:14| Comment(0) | 将棋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月04日

初夢を見る

エスペラントでは「夢を見る」という言い方はしないらしい。正確にいえば、夢は sonĝo で、見るは vidi (不定詞)なのだが、vidi sonĝon (sonĝo の末尾の n は対格をあらわす)とは慣用的に言わない。havi sonĝon というらしい。あるいは sonĝo そのものを動詞化して sonĝi ということもできる。ついでにいうと、睡眠中に見る夢 sonĝo と、将来の希望を意味する夢 revo は使い分ける。
前置きが長くなった。私が見た1月2日の初夢は、経営者が将来を語る、という後援会の夢だった。二人目の経営者が若作りして冗談を言うのだが聴衆には受けない。しかしそれを苦にせず経営者があることないことを話す、というのがあらすじだった。しかし、こんな夢は忘れたい。

posted by まりんきょ at 22:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月03日

ドイツ語を聞き間違える

つれあいが「まいにちドイツ語」の録音を聞いていた。私も一緒に聞いていたら、ドイツ語で「たいぎい」という声が聞こえた。それも何回もだ。つれあいの「たいぎい」はしょっちゅうだが、ドイツ語も「たいぎい」というのだろうか。テキストは買っていないので確認できないのだが、どうやらその後の日本語による解説を聞いた結果、ドイツ語の「オスタルギー」“Ostargie”の「タ」以降が「たいぎい」に聞こえた、という結論に達した。ちなみにオスタルギーとは造語で、東を意味する ost と郷愁 Nostargie のかけことばで「東ドイツがあったころの東ドイツに対する郷愁」を意味する。この講座の最後で講師が「オスタルギーということばは使う人によって意味が違う」とも言っていた。

私にはオスタルギーに相当するものはないが、一つだけ東ドイツを想起させるできごとを記す。私が学生だった1980年代前半、同じぺーテルス版の同じ楽譜なのに高いほうが二千円以上、安いほうが千円以下というのがあった。よく見ると、安いほうはライプチヒで発行されていた。ライプチヒといえば、私はバッハが住んでいた場所として、またメンデルスゾーンが率いたライブチヒ・ゲバントハウス管弦楽団の名前として知っていたが、そのとき楽譜の値段の謎を調べて初めて、ライプチヒは東ドイツに属していたことを知った。
posted by まりんきょ at 21:19| Comment(0) | ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
記事と無関係なトラックバックは削除します。