以前のブログで、佐村河内氏の事件に関連して述べられたコラムを取り上げた。そのコラムを書かれた谷戸基岩さんの名前だが、どこかで聞いたことがあるような気がしてきた。そうして調べてみると、いろいろ埋もれた音楽を紹介する方であること、特に昨年は記念年だったフランスの作曲家、シャルル・V・アルカンによる作品の演奏会を企画された方だということがわかった。アルカンの作品の演奏会は、畏友K氏による演奏会に一度行ったのだが、そのときに互いに宣伝しているということでパンフレットも入っていたのがこの谷戸さんのコンサートだった。今思えば、谷戸さんのコンサートにも行っておけばよかった。
2014年03月11日
2014年03月10日
新垣隆氏が甲斐説宗のピアノ曲を弾いていたことを知る
新垣隆氏は、佐村河内守氏のゴーストライター(ゴーストコンポーザー?)だったことを明らかにして以来、有名になった。少なくとも、私は新垣氏の名前をそのときはじめて聞いた。
調べてみると、新垣氏が以前、東京の同人キリスト教会というところで、甲斐説宗の「ピアノのための音楽I」を弾いていたらしい。1997年10月24日のことである。俺はそのとき大事なことがいろいろ重なり、そんなことがあったことすら知らなかった。甲斐説宗の作品演奏があることは知らなかったし、仮に知っていたとしても俺は公私にわたって大変な時期だったのできっと行けなかっただろう。それにしても、私が知る数少ない現代音楽の作曲家である甲斐説宗について、その作品を新垣氏が弾いていたこと、そして甲斐説宗の作品の演奏会をプロデュースしていたことは初めて知った。作曲家の知名度について、考え込んでしまった。
調べてみると、新垣氏が以前、東京の同人キリスト教会というところで、甲斐説宗の「ピアノのための音楽I」を弾いていたらしい。1997年10月24日のことである。俺はそのとき大事なことがいろいろ重なり、そんなことがあったことすら知らなかった。甲斐説宗の作品演奏があることは知らなかったし、仮に知っていたとしても俺は公私にわたって大変な時期だったのできっと行けなかっただろう。それにしても、私が知る数少ない現代音楽の作曲家である甲斐説宗について、その作品を新垣氏が弾いていたこと、そして甲斐説宗の作品の演奏会をプロデュースしていたことは初めて知った。作曲家の知名度について、考え込んでしまった。
2014年03月09日
スタンディング・ストーンを聴く
ポール・マッカートニーのオーケストラ曲である「スタンディング・ストーン」を聴いた。75 分間の曲で覚悟はしていたが長く感じた。だが、結構聞けた。特にトラック 22 での弦楽器ソロによる絡みとトラック 28 での管の旋律は美しいと思った。
ここで、どこまでがポールの仕事なのか、どこからが支援者の仕事なのかを詮索しても仕方のないことだろう。
佐村河内守と新垣隆の一件があって初めて聴く気になったこの曲は、これからも時間があるときには聞いてみたい。
ここで、どこまでがポールの仕事なのか、どこからが支援者の仕事なのかを詮索しても仕方のないことだろう。
佐村河内守と新垣隆の一件があって初めて聴く気になったこの曲は、これからも時間があるときには聞いてみたい。
2014年03月08日
練習に行く
八重洲室内アンサンブルの練習に行く。練習が終わったのが午後8時で、チェーン店の居酒屋2軒はどちらも満員で入れず、反省会はなしとなった。
2014年03月07日
佐村河内氏の釈明を聞く
佐村河内守氏の釈明を聞いた。広島出身のつれあいに聞いてみると、やはり広島の人のことばだという。どこが、と聞いてみると、ほらこんなふうにいうところが、ということだった。
言われてみればわかるようでもあり、わからないようでもある。このあたりの微妙なことばを聞きわけることができない俺は、音楽をやってはいけなかったのかもしれない。
言われてみればわかるようでもあり、わからないようでもある。このあたりの微妙なことばを聞きわけることができない俺は、音楽をやってはいけなかったのかもしれない。
2014年03月06日
原博の音楽を聴く
原博の「二十四の前奏曲とフーガ」を久しぶりに聴いた。ただし後半だけである。安心できる感覚だけが最初あったが、なかには興奮する曲もあることに気付いた。なんだろう、この乗りの良さは。
調性音楽でできることを示した原博の業績は、今注目されていいのではないだろうか。
調性音楽でできることを示した原博の業績は、今注目されていいのではないだろうか。
2014年03月05日
ポール・マッカートニーのオーケストラ曲を思い出す
元ビートルズのポール・マッカートニーは、大規模なオーケストラ曲も書いている。スタンディング・ストーンという交響詩だ。いちどつれあいから聴かせてもらったような気がするのだが、やっぱりないのかもしれない。
なぜそんなことを思い出したのかというと、佐村河内守氏の事件があったからだ。
ひょっとして、佐村河内守−新垣隆の交響曲とポール・マッカートニーのスタンディング・ストーンを結び付けた記事があるのかもしれないが、私はまだ見たことがない。さて、スタンディング・ストーンを聴く時間はできるだろうか。
なぜそんなことを思い出したのかというと、佐村河内守氏の事件があったからだ。
ひょっとして、佐村河内守−新垣隆の交響曲とポール・マッカートニーのスタンディング・ストーンを結び付けた記事があるのかもしれないが、私はまだ見たことがない。さて、スタンディング・ストーンを聴く時間はできるだろうか。
2014年03月04日
ルロイ・アンダーソンが出てきたことに驚く
NPJ通信の谷戸基岩さんが書かれていた佐村河内守事件の裏側にあるものという評論が面白かった。一番驚いたのが次の箇所である。
ジャン・フランセやジャン=ミシェル・ダマーズは名前しか知らないのが残念だが、湯山昭やルロイ・アンダーソンは知っている。特にアンダーソンは、八重洲室内アンサンブルでかなりの曲を弾いていて、愛着が強い。目のつけどころに恐れ入った。
かつての 「フリー・ジャズ」 や 「プログレッシヴ・ロック」 と同様に、前衛作品はひとつの特殊ジャンルとして扱い、 「調性のある音楽」、「歌謡的性のあるメロディを持つ作品」 も素直に受け入れる時代にはならないのであろうか? そのことを素直に認めれば、1920年代以降の今日に至るクラシック音楽は実に豊かな歴史と作品を持っていることになる。 ジャン・フランセ、ジャン=ミシェル・ダマーズ、湯山昭、ルロイ・アンダーソンといった人々が20世紀の音楽史の中で正当に評価され、 もっと演奏されるようになるのだから。
ジャン・フランセやジャン=ミシェル・ダマーズは名前しか知らないのが残念だが、湯山昭やルロイ・アンダーソンは知っている。特にアンダーソンは、八重洲室内アンサンブルでかなりの曲を弾いていて、愛着が強い。目のつけどころに恐れ入った。
2014年03月02日
作曲活動を考える
私のような者でも作曲をすることがある。およそ30年前、ビオラとピアノのためのソナチネを作った。ビオラの鼻にかかったような独特の響きを生かすにはどうしたらいいか、必死で考えた。友人のビオラと私のピアノで内輪の披露をしたが、できはどうだったか。私の口からは何ともいえないが、はっきりいえるのは、そんな活動でも新しいものを生み出す苦しみと楽しさがないまぜになった独特の高揚した気分を味わったことだ。演奏とは違ったこのような気分は何物にも代えがたい。
音楽作品を聴くときに、そのような気分まで味わえるものというのはなかなかない。いや、別にそのような気分を楽しむために音楽に親しむのではないのだから、だいたい期待もしてはいけないものだ。でも、俺が過去においていった気分を思い出させる作品があってもいいのかもしれないとないものねだりをしている。
これもみな、佐村河内氏の事件で考えたことである。
音楽作品を聴くときに、そのような気分まで味わえるものというのはなかなかない。いや、別にそのような気分を楽しむために音楽に親しむのではないのだから、だいたい期待もしてはいけないものだ。でも、俺が過去においていった気分を思い出させる作品があってもいいのかもしれないとないものねだりをしている。
これもみな、佐村河内氏の事件で考えたことである。
2014年03月01日
お座敷に出かける
越谷市の北部市民会館で八重洲オッターバにお声がかかったので演奏を披露した。今までは東京で行われることが大部分で埼玉県は一度大宮であったきりだったので、俺の地元ということもあり張り切って臨んだ。
まあ、いろいろあったがなんとか無事に終わった。そのはずだったのだが打ち上げの場所がなかなか決まらず、時間を無駄に使ってしまった。俺の地元なのだから、ちゃんと店を調べておけばよかったのだ。でも、北部市民会館がある大袋は、(少なくとも午後4時から飲める)店がほとんどないような気がした。それで結局、足で探した飲み屋で反省会をした。
まあ、いろいろあったがなんとか無事に終わった。そのはずだったのだが打ち上げの場所がなかなか決まらず、時間を無駄に使ってしまった。俺の地元なのだから、ちゃんと店を調べておけばよかったのだ。でも、北部市民会館がある大袋は、(少なくとも午後4時から飲める)店がほとんどないような気がした。それで結局、足で探した飲み屋で反省会をした。

