この日は前日の振り替え休日である。きのうは昭和の日であったが、この日だけ昭和を思うという過ごし方はしなかった。今となっては、毎日昭和を思っているのだから。
さて、散歩をしていたら国旗を出している家があった。きょうはあくまで代休であって、祝日を祝うのはきのうではないだろうか。
2012年04月30日
2012年04月29日
散歩をする
休みの日は散歩をして、昼寝をするに限る。
NHK のラララクラシックを見る。
NHK のラララクラシックを見る。
2012年04月28日
練習をする
連休の第1日目である。八重洲アンサンブルの練習に行く。反省会では10人以上が集まって遅くまで熱く議論を戦わせていた。
2012年04月27日
連休前の心構えをする
あしたから連休になる。連休をいかに過ごすか考えようとするが、勤務先に行って帰ってくるだけである。
2012年04月26日
ダヴィンチ展に行く
渋谷の Bunkamura まで、ダヴィンチ展を見に行った。本物は違う、といいたいところだが、目玉となっている「ほつれ髪の少女」は人だかりがしていてゆっくり見る時間がなかった。私には、多くの画家が描いているモナリザの模写が面白かった。
2012年04月25日
交通戦争を思い出す
昼休み、勤務先の近くを歩いていると、電柱に巻きつけたブリキの板が錆びているのに気付く。そこには、「交通戦争から子供を守ろう」と書いてある。交通戦争という言葉は、1970年前後はまだ生きたことばだった。毎日のニュースでは自動車事故の死者が報告され、年間死亡者数1万人を下回ることが目標だった時代があった。
ただ、最近また自動車事故の報道が多くなってきた。戦争は未だに続いている。
ただ、最近また自動車事故の報道が多くなってきた。戦争は未だに続いている。
2012年04月24日
指輪物語(18)これからどうなるのだろうか
指輪物語を読むスピードはめっきり遅くなったが、なんとか読むことだけは続けている。今は馳夫や仲間との旅で、窮地に陥るところである。
2012年04月23日
上がない本が多くある
どうも私の本棚には、下巻しかなくて上巻がない本が多くある。
1. 野間宏ほか編:差別・その根源を問う
2. デズモンド・モリス:マン・ウォッチング
3. 田崎清忠:私の英語史
4. ドストエフスキー:悪霊
1. と 2. は上下合わせて買ったのだが、引っ越しのときに上巻がなくなってしまった。
3. の上巻は知り合いにあげた。
4. は下巻だけ隣のおじさんにもらった
などいろいろある。いつかはそろえたいものだ。
1. 野間宏ほか編:差別・その根源を問う
2. デズモンド・モリス:マン・ウォッチング
3. 田崎清忠:私の英語史
4. ドストエフスキー:悪霊
1. と 2. は上下合わせて買ったのだが、引っ越しのときに上巻がなくなってしまった。
3. の上巻は知り合いにあげた。
4. は下巻だけ隣のおじさんにもらった
などいろいろある。いつかはそろえたいものだ。
2012年04月22日
テレビでフランス語のエンディングの音楽がフォーレだったことに気付く
2012年4月からのNHK教育テレビで放映されている「テレビでフランス語」には、村治佳織が出ている。そのせいか、ギター曲がよく聴ける。この番組のエンディングもギター曲である。どこかで聴いたような曲だが、と思っていたらフォーレの「ドリー」から第1曲の「子守唄」だった。気が付かなかった私は変だ。
コンサートに出る夢を見る
今朝、コンサートに出る夢を見た。夢だから、変だ。こんな感じだ。
なぜこんな夢を見たのか分析できるかもしれないが、余裕がない。
昔所属していたサークルの仲間でコンサートを開くことになった。本番となり、もうすぐ私の出番が回ってくる。弾く曲はコープランドのピアノソナタだ。二十数年前には暗譜して弾き切ったが、今は暗譜もあやふやだし指もついていけないことがわかっている。練習していなかったのだ。譜面を見ながら弾くことも考えたが、だいたい譜面を持っていない。なぜこの曲で申し込んだのか不安に思い舞台の袖で待っていると、ふと目に止まった楽譜があった。ラヴェルの「クープランの墓」である。誰が弾くのだろうか。
自分の番が来た。覚悟を決めて舞台に向かって出ると、ピアノの響板が閉じられていた。それだけでなく、響板の上や鍵盤の脇に楽譜などが散乱していた。室内楽や歌曲伴奏ならともかく、ピアノ単独のコンサートで響板を閉じたまま弾くことなど到底考えられない。腹が立ってきて、響板を開けるために散乱している楽譜を恥ずかしい思いをしながら片付けていると、ステマネと思しき後輩が私のところに来た。後輩は私に今から舞台を整理させますと告げ、私を引込めさせた。
舞台の袖で待っていると別の後輩が報告した。「丸山さんが弾いたのがコープランドのピアノソナタであることを確認するために、楽譜と照合します。楽譜は別の者に買いに行かせます」演奏を楽譜と照合するとはなんと奇妙なことか。おまけに楽譜を私が持っていないのに後輩が買ってまで遂行するとは。しかしそれが方針とあれば仕方がない。「四千円ぐらいするかな」といいかげんな情報を出すと「三千五百円ぐらいでしょう。○○さん、買いに行ってきて」と私をバカにするように答えたのだった。
舞台の整理が終わり、後輩たちもコープランドの楽譜をそろえたようだった。袖で待機しているとまたクープランの墓の楽譜が見えた。片付けが終わったようだったので意を決して舞台に出ると、最初の出では気にしなかった客席の全貌がわかった。ワインヤード形式になっているようだ。ピアノを見ると響板は半開である。またしても腹が立ってきた。響板を全開にしようとピアノの側面に回りながら、もうコープランドを弾くのはやめてかわりにクープランの墓を弾くのはどうだろうかと考えていた。
なぜこんな夢を見たのか分析できるかもしれないが、余裕がない。
2012年04月20日
情報弱者であることを気にする
人ごみの中にいる時間が増えると、自然と他人の会話が聞こえてくる。
この間、そんな会話に「じょうじゃく」ということばが聞こえてきた。前後の関係から解釈すると、情報弱者、すなわち情弱ということなのだと合点した。
困ったなあ。俺は情弱である。だって、携帯電話もスマホも持っていないから。
この間、そんな会話に「じょうじゃく」ということばが聞こえてきた。前後の関係から解釈すると、情報弱者、すなわち情弱ということなのだと合点した。
困ったなあ。俺は情弱である。だって、携帯電話もスマホも持っていないから。
2012年04月19日
偶然に一致する
昼食は少し歩いて、インド料理屋へ行き、ダールカレーを食べた。レンズ豆の入ったカレーである。
つれあいが夕食で作ってくれたものは、カレー味のスープで、豆が入っていた。
つれあいが夕食で作ってくれたものは、カレー味のスープで、豆が入っていた。
2012年04月18日
指輪物語(17)ゆっくり読む方針に変える
最近、指輪物語の筋が追えなくなってきた。そんなわけでゆっくり読むことにした。
ゆっくり読んだら、少しだけ意味がわかるようになってきた。
もっともわからない単語はわからないままだけれど。現在はStrider(馳夫)が出てくる章を読んでいる。
ゆっくり読んだら、少しだけ意味がわかるようになってきた。
もっともわからない単語はわからないままだけれど。現在はStrider(馳夫)が出てくる章を読んでいる。
2012年04月17日
都内のポケット地図を手に入れようと思う
つれあいが新聞の切り抜きを持ってきてくれた。
ファミリーマートなどが販売している「災害時帰宅支援ポケットMAP」である。
私がコンビニエンスストアに入ることは、弁当を買う時しかない。その弁当も、ポプラでしか買わないと決めている。
なので、都内のファミリーマートに入ることはない。だから、まず見つけてみることしか始める。
それにしても心配なのは、勤務先のビルから外に行けるかどうかだ。
ファミリーマートなどが販売している「災害時帰宅支援ポケットMAP」である。
私がコンビニエンスストアに入ることは、弁当を買う時しかない。その弁当も、ポプラでしか買わないと決めている。
なので、都内のファミリーマートに入ることはない。だから、まず見つけてみることしか始める。
それにしても心配なのは、勤務先のビルから外に行けるかどうかだ。
2012年04月16日
春の曲を練習する
わけあって、少し前に春の曲を練習した。
・シューマン:春の歌
・メンデルスゾーン:春の歌
・グリーグ:春に寄す
シューマンは2ページ弱、メンデルスゾーンとグリーグは4ページであり、昔の私なら苦もなく暗譜できたのだが、さすがにこの歳になるときつい。いや、それ以上に弾けない。
・シューマン:春の歌
・メンデルスゾーン:春の歌
・グリーグ:春に寄す
シューマンは2ページ弱、メンデルスゾーンとグリーグは4ページであり、昔の私なら苦もなく暗譜できたのだが、さすがにこの歳になるときつい。いや、それ以上に弾けない。
2012年04月15日
某所のお座敷に行く
八重洲室内アンサンブルのある方のお誘いで、某所にてのお座敷に出てきた。
前座であるが、偉い方を寿ぐ会であるので緊張した。
前座であるが、偉い方を寿ぐ会であるので緊張した。
2012年04月13日
広告車両を見る
道路を走っている大型車両で、荷物を積んでいるのではなく、広告を見せたり、音量を流したりするものを何というのだろうか。街宣車ではなく、風俗関係や歌もののプロデュースをする車のことである。
鉄道やバスだったら、ラッピング車両といえるのだが、広告宣伝車は街宣車も含めて宣伝カーというようだ。最初に(街宣車ではない)宣伝カーを見たのは1997年、ローマだった。それまでは日本では見たことがなかった(知人によればそれまでにも日本であったという)。その後、渋谷や新宿などの大都会で私も見かける機会が増えてきた。ああ、そういえば私が住んでいる越谷でもパチンコ屋の宣伝車があったなあ。
ラッピングも含めてだが、広告宣伝車の外向きの広告は目の毒である。外向き広告は想像力が喚起されないからだ。中吊り広告は面白いものがあるけれど、ごく一部で賞味期限も短い。しかたなく、指輪物語を読んでいる。こんなことをいったら、「指輪物語を仕方なくよむとはなにごとだ!」というお叱りが飛んでくるだろう。
鉄道やバスだったら、ラッピング車両といえるのだが、広告宣伝車は街宣車も含めて宣伝カーというようだ。最初に(街宣車ではない)宣伝カーを見たのは1997年、ローマだった。それまでは日本では見たことがなかった(知人によればそれまでにも日本であったという)。その後、渋谷や新宿などの大都会で私も見かける機会が増えてきた。ああ、そういえば私が住んでいる越谷でもパチンコ屋の宣伝車があったなあ。
ラッピングも含めてだが、広告宣伝車の外向きの広告は目の毒である。外向き広告は想像力が喚起されないからだ。中吊り広告は面白いものがあるけれど、ごく一部で賞味期限も短い。しかたなく、指輪物語を読んでいる。こんなことをいったら、「指輪物語を仕方なくよむとはなにごとだ!」というお叱りが飛んでくるだろう。
2012年04月12日
番外編:指輪物語の邦訳を読む
指輪物語の筋が追えなくなってきたので、久しぶりに邦訳を読んだ。ああ、そういうことだったのかとわかった思いだ。
日本のこどもがひらがなしか読めないころは、本を読むときに「が、を、した」と叫んでいるのだろうか。自分が指輪物語を読んでいるときに、そんな気分になった。
日本のこどもがひらがなしか読めないころは、本を読むときに「が、を、した」と叫んでいるのだろうか。自分が指輪物語を読んでいるときに、そんな気分になった。
2012年04月11日
ジンチョウゲの香りに気付く
今年の冬から春にかけて、ジンチョウゲの香りに気付くことはなかった。しかし、昼の散歩で、花が終わる少し前の状態でのジンチョウゲを見つけた。鼻を近づけると、少しはジンチョウゲの香りがした。
忘れものを取り戻した気がした。
忘れものを取り戻した気がした。
2012年04月10日
慰め合う
昼飯を同僚と食いに行く。お互いさえないどうしで、慰め合いながら昼を食べる。

