越谷のサンシティ小ホールで、小川典子のピアノを聴いた。曲目は次の通り。
・モーツァルト:ピアノソナタハ長調 K.330
・モーツァルト:ピアノソナタイ長調 K.331
・藤倉大:リターニング
・リスト:ピアノソナタロ短調
・リスト:ラ・カンパネラ
前半はモーツァルトの2曲を端正かつ緻密な演奏で聞かせてくれた。私は気持ちよくなった(特にK.331の前半のほう)のであまりよく覚えていないことも多いのだが、まずAのフレーズが強めに奏されると、そのAのエコーが弱く奏される。ここまでは誰もが工夫するが、次にAに似たA'が奏されるときは、Aよりはわずかに弱く、そしてA'のエコーは Aのエコーよりさらに小さくなる、という工夫がなされていた。音量だけでなく、音質も変わっており、大変考え抜かれた演奏だと認識した。
一点だけ、ハ長調の第1楽章の提示部第2主題で左手ベースの音が Fis ではなく F が聞こえたのに驚いた(どこのことだかわからないでしょうが説明は省略します)。ミスタッチでも罪の重いものから軽いものまであるが、モーツァルトの曲は怖いと再認識した。
後半は司会者により小川さんへのインタビューのあと、藤倉、リストと続く。藤倉作品は短いもので、現代音楽の粋と感じた。何より短いのがいい。
リストにはもうただただ脱帽した。あの 30 分をまとめる力は並大抵ではない。私はリストの作品のえり好みが激しく、ソナタはその中で好きな作品に属する。今回はこのリストのソナタの構成の凄さをまざまざと演奏によって感じた。
ラ・カンパネラはおそらくおまけのつもりだろうが、おまけでも輝く曲は強い。やはりプロのピアニストの恐ろしさに驚いた。
アンコールはごく短い「亜麻色の髪の乙女」モーツァルトと同様、一か所やはりベースで首をかしげたところがあったが、リストを全力で弾き切った疲れが出たからだろう、何とも思わなかった。
小川さんの CD は多くあり、サイン会もあったのだが、最近は手元不如意なことでもあり、買わずじまいだった。今思えば、ドビュッシーの練習曲は買っておくのだったと後悔している。
2011年09月10日
2011年09月09日
単語一つしかないエスペラントのことわざをみつける
単語一つしかないエスペラントのことわざをみつけた。
211. Cindrulino.
意味がわからないが、in という接尾辞から女性のことだろう。
と思って調べてみると、エスペラントの Wiki にはこうある。
Cindrulino estas fabela persono ankaŭ konata sub la sekvantaj alilingvaj nomoj:
Cindrulino とはおとぎ話の人で、次にあげる各国語の名前で知られている。
独 (de) Aschenputtel
英 (en) Cinderella
西 (es) Cenicienta
仏 (fr) Cendrillon
伊 (it) Cenerentola
露 (ru) Золушка
日本語ではシンデレラである。
エスペラント小事典では、転義として
低い階級から出て高貴の身分になった女性:かくれた美女
とある。この転義をザメンホフは知らせたかったのだろうか。
211. Cindrulino.
意味がわからないが、in という接尾辞から女性のことだろう。
と思って調べてみると、エスペラントの Wiki にはこうある。
Cindrulino estas fabela persono ankaŭ konata sub la sekvantaj alilingvaj nomoj:
Cindrulino とはおとぎ話の人で、次にあげる各国語の名前で知られている。
独 (de) Aschenputtel
英 (en) Cinderella
西 (es) Cenicienta
仏 (fr) Cendrillon
伊 (it) Cenerentola
露 (ru) Золушка
日本語ではシンデレラである。
エスペラント小事典では、転義として
低い階級から出て高貴の身分になった女性:かくれた美女
とある。この転義をザメンホフは知らせたかったのだろうか。
2011年09月08日
エスカレータから足が遠のく
毎朝、平日勤務に出かけるとき、いつも一つの自分の中で賭けをしている。何かというと、最寄りの駅のエスカレータを使うか使わないかという賭けである。
朝はつらい。だから、駅の改札からホームに行く上り階段がつらい。しかし、もっとつらいのは上り階段に併設されている上りのエスカレータである。誤解しないでほしいのだが、エスカレータに乗るのがつらいのではない。エスカレータを待つ人で一列になることが怖いのだ。
俺は、階段を上るしんどさとエスカレータを待つ人の列の怖さをいつも比較する。そして結局、エスカレータの人の列の怖さが先に立ち、だからしんどいときでも階段を上る。そしてエスカレータに群がる人の列を見ながら、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」よろしく「ああ、こいつらはしがみついているな」と憐れみつつ見下してしまうのである。そんなことだから、俺は地獄へ行くだろう。
朝はつらい。だから、駅の改札からホームに行く上り階段がつらい。しかし、もっとつらいのは上り階段に併設されている上りのエスカレータである。誤解しないでほしいのだが、エスカレータに乗るのがつらいのではない。エスカレータを待つ人で一列になることが怖いのだ。
俺は、階段を上るしんどさとエスカレータを待つ人の列の怖さをいつも比較する。そして結局、エスカレータの人の列の怖さが先に立ち、だからしんどいときでも階段を上る。そしてエスカレータに群がる人の列を見ながら、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」よろしく「ああ、こいつらはしがみついているな」と憐れみつつ見下してしまうのである。そんなことだから、俺は地獄へ行くだろう。
2011年09月07日
ことわざになっていないエスペラントのことわざを見る
ことわざになっていないようなエスペラントのことわざがある。
160. Bela birdo!
直訳すれば「美しい鳥よ!」というのだがこれが何か裏の意味があるのだろうか。
調べても特に裏の意味と思われるものはない。動詞を付け加えたものはあるのだが、、
Bela birdo kantas.
美しい鳥が歌う
しかない。これではつまらない。
Bela birdo fekas.
美しい鳥が糞をする
(見てくれだけではわからない)
ということわざを作ってみたのだが、どうだろう。
これがおかしいというのなら、
Bela birdo urinas.
美しい鳥が小便をする
でもいいが同工異曲か。
160. Bela birdo!
直訳すれば「美しい鳥よ!」というのだがこれが何か裏の意味があるのだろうか。
調べても特に裏の意味と思われるものはない。動詞を付け加えたものはあるのだが、、
Bela birdo kantas.
美しい鳥が歌う
しかない。これではつまらない。
Bela birdo fekas.
美しい鳥が糞をする
(見てくれだけではわからない)
ということわざを作ってみたのだが、どうだろう。
これがおかしいというのなら、
Bela birdo urinas.
美しい鳥が小便をする
でもいいが同工異曲か。
2011年09月06日
まともなエスペラントことわざをみつける
まともなエスペラントのことわざもある。本当は、まともなのだけなのだろうけれど。
2135. Rapidu malrapide.
これは「ゆっくりと急げ」ということだろう。ラテン語にもあるほどだからわかる。
近くにあるのは何だろう。
2167. Rigardi per ambaŭ okuloj.
2168. Rigardu per ambaŭ okuloj!
ほとんど同じではないか。上が言い回し、下が命令文だけの違いだ。
rigardi は watch に似ている。ほら見て、ということだろう。
per は…によって
ambaŭ は both の意味。okuloj は目(複数)だから、
「両目でよく見る(見ろ!)」
ということなのだろう。注意を喚起するときの言い回しなのだろう。
2135. Rapidu malrapide.
これは「ゆっくりと急げ」ということだろう。ラテン語にもあるほどだからわかる。
近くにあるのは何だろう。
2167. Rigardi per ambaŭ okuloj.
2168. Rigardu per ambaŭ okuloj!
ほとんど同じではないか。上が言い回し、下が命令文だけの違いだ。
rigardi は watch に似ている。ほら見て、ということだろう。
per は…によって
ambaŭ は both の意味。okuloj は目(複数)だから、
「両目でよく見る(見ろ!)」
ということなのだろう。注意を喚起するときの言い回しなのだろう。
2011年09月05日
妙なエスペラントのことわざを見つける
エスペラントのことわざと格闘している。こんなのがある。
Kalkuli muŝojn
ハエを数える
muso ならばネズミなのだが、muŝo はハエである。紛らわしい。
さて「ハエを数える」とは、「ムダなことをする」という意味らしい。
なぜハエなのか。だいたい、ハエを数えるのは面倒ではないか。
Kalkuli muŝojn
ハエを数える
muso ならばネズミなのだが、muŝo はハエである。紛らわしい。
さて「ハエを数える」とは、「ムダなことをする」という意味らしい。
なぜハエなのか。だいたい、ハエを数えるのは面倒ではないか。
2011年09月04日
短すぎるエスペラントことわざがおかしいと思う
エスペラントことわざ集というのがある。ザメンホフがまとめたもので、たとえば次で見られる。
http://eo.lernu.net/biblioteko/proverboj/listo.php
ことわざはたいてい短いものだが、その中でも妙に短いものがある。130番は
Atentu!
だけである。英語の
Attention, please
に相当しそうだが、もっと厳しい「気をつけろ」なのだろう。
これがなぜことわざなのか。同様のものとして
Silente!
がある。これは英語の Be quiet! に相当する。
Vole-nevole.
これは何か。日本語での言い回しとしては「望むと望まざるとにかかわらず」だろうか。これもことわざではないだろう。あえて言えば慣用句だろうか。
Ho ve!
これもなんだかわからない。Ho は単独の感嘆詞で英語の Oh! に相当するが、ve は悲しみを表す間投詞のようだ。下記も参照のこと
http://retpagxo.xxxxxxxx.jp/interjekcio.html
次はもう少しことわざらしいことわざを取り上げたい。
http://eo.lernu.net/biblioteko/proverboj/listo.php
ことわざはたいてい短いものだが、その中でも妙に短いものがある。130番は
Atentu!
だけである。英語の
Attention, please
に相当しそうだが、もっと厳しい「気をつけろ」なのだろう。
これがなぜことわざなのか。同様のものとして
Silente!
がある。これは英語の Be quiet! に相当する。
Vole-nevole.
これは何か。日本語での言い回しとしては「望むと望まざるとにかかわらず」だろうか。これもことわざではないだろう。あえて言えば慣用句だろうか。
Ho ve!
これもなんだかわからない。Ho は単独の感嘆詞で英語の Oh! に相当するが、ve は悲しみを表す間投詞のようだ。下記も参照のこと
http://retpagxo.xxxxxxxx.jp/interjekcio.html
次はもう少しことわざらしいことわざを取り上げたい。
2011年09月03日
休みを楽しむ
演奏会から一週間が過ぎ、休みらしい休みとなった。
ということで本当はチェロの練習をすればいいのだろうが、台風が来ていることもありその気にならない。
家でゴロゴロするのもよかろう。
部屋にある本を片付けていると、こんな本を買ったのかという驚きに駆られる。それらを読み直して、処分すべきか、とっておくべきかどうか悩む。
ということで本当はチェロの練習をすればいいのだろうが、台風が来ていることもありその気にならない。
家でゴロゴロするのもよかろう。
部屋にある本を片付けていると、こんな本を買ったのかという驚きに駆られる。それらを読み直して、処分すべきか、とっておくべきかどうか悩む。
2011年09月02日
熊野筆の人気が上がったことを知る
私はスポーツにあまり興味がないが、なでしこジャパンのメンツが国民栄誉賞を得たというニュースは知っている。そして、このメンツに送られたのが広島県熊野町の化粧筆ということも聞いた。
実は、つれあいと私は去年、広島県熊野町に足を運んでいる。私が行こうと言い出したもので、私はすでに去年の時点で、2011 年になでしこジャパンが優勝することを見越していた(というのはもちろんウソである)。
ただ誤算だったのは、熊野の化粧筆が高価だったことで、私の乏しい稼ぎでは買えなかったことである。
余談だが、私は Facebook では自分の顔写真を公開している(そういうもののようだ)。そこの写真は、熊野町にある筆の里工房で撮ったものだ。
実は、つれあいと私は去年、広島県熊野町に足を運んでいる。私が行こうと言い出したもので、私はすでに去年の時点で、2011 年になでしこジャパンが優勝することを見越していた(というのはもちろんウソである)。
ただ誤算だったのは、熊野の化粧筆が高価だったことで、私の乏しい稼ぎでは買えなかったことである。
余談だが、私は Facebook では自分の顔写真を公開している(そういうもののようだ)。そこの写真は、熊野町にある筆の里工房で撮ったものだ。
2011年09月01日
上杉隆へのインタビューを聞く
テリー伊藤が、上杉隆へのインタビューをした番組があったので見てみた。いろいろとお騒がせな人であるので激しい人かと思い込んでいたら、実際の話し方は思ったより柔らかかった。
私と意見が違うのは、上杉がゴルフ税撤廃を求めているのに対し、私はゴルフ税是認である。単純に私はゴルフをしないから税をとられようが構わないのである。
加えていえば、日本は平地を除くとすべて山で森が生い茂っているので、イギリスにある、そのままでゴルフができるような草地がない。だから日本がゴルフ場には適さないのであって、どうしても山を造成することになってしまう。そのために自然に負荷をかけるのだから多少の税はあってもやむを得ない、と考えている。
私と意見が違うのは、上杉がゴルフ税撤廃を求めているのに対し、私はゴルフ税是認である。単純に私はゴルフをしないから税をとられようが構わないのである。
加えていえば、日本は平地を除くとすべて山で森が生い茂っているので、イギリスにある、そのままでゴルフができるような草地がない。だから日本がゴルフ場には適さないのであって、どうしても山を造成することになってしまう。そのために自然に負荷をかけるのだから多少の税はあってもやむを得ない、と考えている。

