昨日今日は、通勤電車で、青野照市の「古典詰将棋」を読んでいる。「四桂の宣告」や(看寿の)「煙詰」の解説を読み、昔の人たちの営為に感心している。
2008年02月29日
2008年02月28日
過激なダイエットの経過
過激なダイエットを始めてからほぼ10日経過した。当たり前だが、少し体重が減った。あのクソ医者の挑発にまんまと乗せられたが、よしとしよう。
2008年02月27日
散歩の目
過激なダイエットでは、昼休みに散歩をする。この日は職場の北東のあたりをうろついた。職場の最寄り駅の隣駅は、意外と近いところにある、と思ったがそれは20分以上歩いた結果であり、ついたところは距離にしてまだ3分の2であることに気がついた。そこであわてて引き返した。
距離感覚と時間感覚を散歩によって研ぎ澄ますことができればいいと思っている。
距離感覚と時間感覚を散歩によって研ぎ澄ますことができればいいと思っている。
2008年02月26日
フォーレの曲を思い出しながら
最近音楽を聴く余裕がなくなってきているのだけれど、頭の中で音楽を奏でることはしている。フォーレの室内曲はほとんど覚えていてしみついていると思っていたが、いざ最初から正確に思い出そうとしてもなかなかできない。きちんと楽譜を見ないといけないのだろう。
またそろそろ、ホームページを充実させるようにしたい。
またそろそろ、ホームページを充実させるようにしたい。
2008年02月25日
没後251年事業を考えた
ドメニコ・スカルラッティは昨年没後250年を迎え、日本でも記念の催しが行われた。しかし私はどれにも参加できなかった。
今年は没後251年だから、何かやってみたい。没後251年を迎えて私が考えたことは、カークパトリック番号がついているソナタすべての解説を書くことである。これって今年中にできるだろうか?
今年は没後251年だから、何かやってみたい。没後251年を迎えて私が考えたことは、カークパトリック番号がついているソナタすべての解説を書くことである。これって今年中にできるだろうか?
2008年02月24日
過激なダイエットは今日も挫折
この日は夕食を近くのパンレストランで食べた。ここはパンは食べ放題だから、つい食べてしまう。よって、過激なダイエットはきのうに続き、今日も挫折した。あしたからはまた続けよう。
2008年02月23日
バート・バカラックとは何者?
この日は八重洲室内アンサンブルに行き、練習をしてきた。
練習後の飲み会でいろいろ話していた。団内きってのアレンジャーは、尊敬しているのは、ルロイ・アンダーソンとバート・バカラックという。誰だろう、これから調べてみないとなあ。
練習後の飲み会でいろいろ話していた。団内きってのアレンジャーは、尊敬しているのは、ルロイ・アンダーソンとバート・バカラックという。誰だろう、これから調べてみないとなあ。
2008年02月22日
2008年02月21日
過激なダイエット2日め
昼を全く食べないというのは苦しいばかりか、逆効果という意見もある。しかし、コンビニやスーパーでちょっとだけでいい食事を買うというのは大変な葛藤がある。つい、おいしそうな弁当を選んでしまうのだ。そこで、もう店には入らない、と決めてしまった。
この日も、昼休みの前半、職場から南に向かってひたすら歩く。晴れていたけれど、「雨の御堂筋」を思い出してしまった。
この日も、昼休みの前半、職場から南に向かってひたすら歩く。晴れていたけれど、「雨の御堂筋」を思い出してしまった。
2008年02月20日
過激なダイエットは早速挫折
過激なダイエットの1日め。昼食抜きは耐えられたが、夜は酒が入り、昼抜いた分以上に食べてしまった。早速挫折した。
2008年02月19日
過激なダイエットを決意する
今日は健康診断の日だった。一通り検査が終わり、医師面談となった。例年は老年の女性医師だったが、今年は中年の男性医師だった。口が臭く、横柄な態度で「体重を減らしなさい」と高圧的に脅すのだった。
普通なら「こんな奴のいうことはおかしい」となるのだが、今回は素直にいうことに従った。そして、過激なダイエットをする予定にした。それは
昼飯を抜く
というものである。
週に5日勤務するうち、昼食について2日は同僚と食べる。残りの3日はすべて抜く。休みの2日間は食べる。
さて、実行できるだろうか。ちなみに、この日は同僚と食べる日である。
普通なら「こんな奴のいうことはおかしい」となるのだが、今回は素直にいうことに従った。そして、過激なダイエットをする予定にした。それは
昼飯を抜く
というものである。
週に5日勤務するうち、昼食について2日は同僚と食べる。残りの3日はすべて抜く。休みの2日間は食べる。
さて、実行できるだろうか。ちなみに、この日は同僚と食べる日である。
2008年02月18日
本とコンピュータ
標記の雑誌が季刊で発行されていた。その中の一冊だけを買って、今読んでいる。面白い。
2008年02月17日
レクイエムを聴く
N響アワーで、フォーレのレクイエムから「ピエ・イエズス」と「イン・パラディスム」を聴いた。
久しぶりに聞くけれど、やはりいいですね。「ピエ・イエズス」はフォーレが推敲を繰り返した曲で、そのくねくね感がたまらない。
「イン・パラディスム」をレクイエムの最後に付けたのは、フォーレ最大のヒットであろう。
N響アワーのゲストは日野原重明さんで、「悲しいときには悲しい曲を聴くのがいい」ということを言っていた。私には音楽療法はよくわからないので正しいとも誤っているともいうことはできないが、最近は悲しいときにこの曲を聴くことはない。悲しいことがないのは、幸いだ。
久しぶりに聞くけれど、やはりいいですね。「ピエ・イエズス」はフォーレが推敲を繰り返した曲で、そのくねくね感がたまらない。
「イン・パラディスム」をレクイエムの最後に付けたのは、フォーレ最大のヒットであろう。
N響アワーのゲストは日野原重明さんで、「悲しいときには悲しい曲を聴くのがいい」ということを言っていた。私には音楽療法はよくわからないので正しいとも誤っているともいうことはできないが、最近は悲しいときにこの曲を聴くことはない。悲しいことがないのは、幸いだ。
2008年02月16日
ウエストサイド物語を見る
借りてきた「ウェストサイド物語」の映画の後半を見る。ああ、切ないなあ。うまくピアノが弾けるかなあ。
やはり見つからない
コートが見つからない。東武のお客様センターに電話をかけたが、やはりないという返事だった。がっかりした。
2008年02月15日
コートがどこにもない
きのう、コートを飲み屋に忘れたので、その飲み屋に電話した。答は「コートの忘れ物はありませんよ」ええっ!それじゃ俺は、電車の中でなくしたのか?
東京メトロの忘れ物センターにもない。東武電鉄の駅に電話したが、やはりない。どうしたのだ!
東京メトロの忘れ物センターにもない。東武電鉄の駅に電話したが、やはりない。どうしたのだ!
2008年02月14日
2008年02月13日
挨拶を無視されがっかりする
挨拶というのは不思議なものだ。自分が無視することは当然だと思うくせに、他人から無視されると不愉快に思う。
コンクリート長屋に帰ってくると、小学生ぐらいの男の子3人が椅子に座ってゲーム機をピコピコ鳴らしていた。「こんばんは」と小さく声をかけたがこちらを見るでもなくそのままゲームに興じていた。
私はガキ3人に対して、内心次のように悪態をついた。
続きを読む
コンクリート長屋に帰ってくると、小学生ぐらいの男の子3人が椅子に座ってゲーム機をピコピコ鳴らしていた。「こんばんは」と小さく声をかけたがこちらを見るでもなくそのままゲームに興じていた。
私はガキ3人に対して、内心次のように悪態をついた。
続きを読む
2008年02月12日
岡本太郎「今日の芸術」
前にもBLOGでこの本を読んだことを書いた気がする。
それにしても、過激な本である。
序文で横尾忠則が「何を書いたかは重要でない。どういう人間かが重要だ」というような意味のことをピカソのことばとして引用していた。これを読んで思い出したのは筒井康隆の何かの評論で、「誰かは重要でない。重要なのは作品だ」と書いたことである。
逆のことを言っているけれど、ピカソや筒井康隆までなれば、どっちも凄いのだ。
それにしても、過激な本である。
序文で横尾忠則が「何を書いたかは重要でない。どういう人間かが重要だ」というような意味のことをピカソのことばとして引用していた。これを読んで思い出したのは筒井康隆の何かの評論で、「誰かは重要でない。重要なのは作品だ」と書いたことである。
逆のことを言っているけれど、ピカソや筒井康隆までなれば、どっちも凄いのだ。

